Omi Blogへようこそ。
運営者のOmiです。
日々の気付きをのんびり書き綴っています。
わたしは元保育士なのですが、最近そのことについて大きな気付きがあったんです。
自分がなぜ、保育士をしていたのか?
保育士を選んだ本当の理由。
に気付いてしまったのです。
今さら?と思うかもしれませんが、この気付きは本当の自分を発見する大きな一歩。
気になる方だけ読み進めてくださいね。
気付いたキッカケはあるブログ記事でした。
自分と重なったあるブログ記事
わたしは心理学に興味があって、心理カウンセラーの資格を取得。
今もいろんなカウンセラーさんのSNS発信を見るのが日課だったりします。
先日、とあるカウンセラーさんのブログ記事に辿り着きました。
その方はカウンセラーになる前に、介護のお仕事に熱中していたそう。
(以下ブログ文章の要約↓)
まるでこれをするために生きてきた、と感じるくらい熱中できたお仕事だった。
介護の仕事は生き甲斐だと思える仕事なのになぜか身体はボロボロになっていった。
愛や貢献でやっているのではなく、本当は構ってもらいたかった(褒められたい、認められたいetc)んだ。
ボランティア精神あふれる仕事をしたい、本当の本当の理由。
それがしっかり見つけられたときに本当の意味で人の役に立てるんじゃないか。
↑要約するとこんな感じ。(かなり端折ったけれども。)
この記事を読んでハッとしたんです。
わたしも一緒かもしれない。
保育士を選んだ本当の理由。
わたしの前職は保育士。
福祉系の仕事は愛とか貢献などの言葉が本当によく似合う仕事だなぁ、と常々思っています。
当然、わたしもそのつもりでやっているハズ…でした。
しかし、あの記事を読んで「わたしも本当は別の理由があったのかも…。」と思ったのです。
そこでせっせと内観してみました。
するとやっぱり出てきた出てきた、「わたしも構って欲しい。」
でも、この方とは少し種類が違うというか…100%一致ではない感じ。
一体なんだ?
さらに内観を進めると案外アッサリ出てきました。
それは《ありがとう》と言われたいんだ、ということ。
褒められたいとか認められたいとかよりも群を抜いて感じたかったのは感謝されたい。
わたしは人に感謝されることをしたいから保育士を選んだのです。
(もちろん、愛や貢献の気持ちもちゃんとありました。)
そう気付いた時、涙がポロポロ出てきました。
涙の種類は2つ。
・ちゃんと愛や貢献の心で保育士に向き合えていなかった未熟な自分を悔しく思う涙と、
・本当の自分に気付けて嬉しい喜びの涙です。
本当の自分を見つけたら、涙が出るほど嬉しいんだ。
そんなこんなで《本当の自分》とやらの一部を発見したわけですが、
真実のわたしは何ともお粗末ですよね。笑
今まで思っていた愛だの貢献だのの気持ちは一体なんだったの?
(何度も言いますが、愛や貢献の気持ちもちゃんと持って働いてはいました。)
本当の本当は自分のため、自分が気持ち良くなるためだったのです。
こんな自分を知ったら、昔のわたしならすごく落ち込んでいたと思います。
落ち込むどころか自分を責めてしまっていたかもしれません。
しかし、今のわたしはとても嬉しいと思いました。
嬉しくて気が付いたら泣いていました。
どんな自分であれ、《気付く》ということにすごく価値があるって知っているからです。
《気付き》はエイブラハムの感情の22段階の1番目に位置しています。
それほど大切なこと。
一つ一つの気付きを拾い集めてもっと自分を知れたら幸せだろうな。
自己探求を怠らないで生きようと改めて感じたOmiでした♡